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質問
成果メディアとは、平たく(雑に?)言えば「知識」「常識」「教養」「文化」などの総称と捉えられるでしょうか。 日本語を分かる人と分からない人は、日本語の知識のあるなしで決まりますし、日本語が分かっていても、日本の文化に関する知識、教養のあるなしで、話が通じる通じないが生じますし。法律の知識もそう、金融に関する知識もそう、愛は生物としての本能=生得的な知識とも言えそうです。 ※下線は伝道者による追記 質問者 「とんとん」さん
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回答
下線部の愛についての記述を除けば合格です。 |
解説・説明
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質問文のほとんどに間違いはありません。正しい認識です。しかし、最後の部分にある愛についてのコメントは明らかに間違っています。残念、惜しいですね。 基礎情報学における成果メディアは、HACS(階層的自律コミュニケーション・システム)の心的システムと社会システム間の存在する非対称な構造的カップリングを指しています。コミュニケーションを通じて社会システムからの拘束/制約を受けて、心的システムが非直接的に変化した結果(すなわち構造的カップリング)です。「知識」、「常識」、「教養」、「文化」は正に社会システムからの拘束/制約であり、心的システムがそれらを体得した結果も正に構造的カップリングですから、極めて正しい理解です。が、下線部の愛についてのコメントはいただけません。成果メディアは社会システムからの拘束/制約の結果ですので後天的なものです。列挙されている「知識」、「常識」、「教養」、「文化」は地域や時代によって異なります。どこに住むか、どの時代に生きるかで大きく違ってきます。つまり後天的なのです。愛(恋愛に限りません)にしても、何かに対する「愛し方やそのルール」は地域や時代によって異なります。よって、「愛し方やそのルール」は成果メディアなのです。ちなみに、ニクラス・ルーマンの社会システム論においても「愛」は成果メディアの一つになっています。ポイントは「成果メディアは本能のような生得的なものでは決してない」ということです。仮に生得的な本能のようなものだとすると、それは社会情報でなく生命情報の範疇に入ってしまい、成果メディアの出る幕はありません。それなのに「とんとん」さんは…ん〜つくづく残念。 成果メディアは理解するには手強い概念です。「とんとん」さんのように列挙してゆくような形も、イメージを掴むには決して悪い方法ではないでしょう。しかし、正確さを求めようとすると果てしなく列挙することになってしまいます。また、単語の列挙だと成果メディアの動的な面を表現することが難しくなってしまいます。そこで伝道師は、「成果メディアとはコミュニケーションによる経験や体験を通じて社会システムから身に付いた全ての知識及び全ての思考パターン(考え方)である」という自前の定義をしています。成果メディアは知識をプールした意味ベースの上に成り立っています。なので静的な知識は欠かせません。その上で、どの知識を使うかという選択を行っています。この選択を「思考パターン(考え方)」という言葉で表しています(つもり…かな、笑)。この「思考パターン」は主観なので、人により千差万別。同一人物だとしても時と場所によって変わることでしょう。このダイナミックさが、生成AIの出力とは大きく異なるところですね。 基礎情報学への学びが深くなると、単に知識が増えるだけではなく、考え方もより基礎情報学的になってきます。「基礎情報学が成果メディアとして機能し始める」、なんて言えるでしょうか(笑)。基礎情報学は一種のメタ理論で、現象そのものよりもその背景に注目する傾向があります。この考え方に従い伝道師も、質問内容よりも「なぜこの質問に至ったのか」をつい考えてしまいます。何故「とんとん」さんは蛇足とも思える愛について言及したのだろうか?セックスとジャンダーを混同した※。だとすと「生物としての本能」という明確なフレーズを使うはずがない。実はよく理解しているのだが、恣意的に間違ったコメントを入れた。その場合の意図は?。読者の理解のためか。でも、このサイトの読者数は限りなく少ない…。もしかすると単に伝道師を試しているだけだったりして…なんてね。え、「それはお前が詮索好きなだけで基礎情報学とは関係ない」ですって。…確かに(笑)。 ※セックスとジャンダーの違いについては様々な見解の相違があることは承知しています。今ところ伝道師は「セックスは生命情報」、「ジェンダーは社会情報」の範疇にあるというスタンスです。ご了承下さい。 |
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